平成18年から足掛け15年間、訪問診療を行ってきました。
カルテを見返すとカルテ番号が2000近くになっていて、
いろいろなことはありましたがたくさんの方に感謝の言葉を頂きました。
そして何よりも、自分自身が患者さん方にたくさんのことを教えて頂きました。
自分と同じ職業の、開業医でしたという患者さんにもお会いしました。
運が良いからなのでしょうか、お会いする先生方は皆がお優しく、
こうありたいと思わせて下さる方ばかりでした。
自分自身も、人様から感謝の言葉を頂けるような存在でありたいのです。
しかしながら、人間には全ての限りがありますから、
どんなに頑張ってもいつか必ず、医院をたたむ時がやってきます。
患者さんや周りの方々から頂いていた信頼も、
いつか体を壊したり自分が動けなくなれば、
今まで期待されてきたものを提供できなくなってしまいます。
子供を持って、保育園を開いてみて感じたのですが、
人間が次の世代に残せるものはDNAだけではありません。
人間のDNAなんて1000のうち999は同じなのですから、
文化や教育を伝えて、社会を育てることの方がどれだけ大きいか。
診療について、今まで自分ばかりが人様からの感謝を独り占めしたように感じます。
なので、来年度からは今までの診療経験を、社会に還元することにしました。
具体的には、ただ単に評判があるだけの医院から卒業して、
職員全員が社会から感謝される存在になれる組織に移り変わることです。
自分達は社会人になってからこの仕事しかしたことがないので、
人様からお金を頂いて、しかも「ありがとう」と言ってもらえる。
その立場の貴重さを忘れてしまうことが多い気がします。
患者さんから「ありがとう」と言葉を頂いた時に、
その時に真摯に、
「こちらこそ信頼して下さってありがとうございます」
「患者さんの生き方を私達に見せてくださってありがとうございます」
と、感謝の気持ちを素直に伝えるだけで、
医療の仕事はとても尊く、自分自身を気高い存在に高めてくれます。
これが、在宅医療の核心にある、やりがいです。
在宅医療は、自分自身の人生に対する考え方、姿勢を高めてくれます。
具体的には、当院が存在する理由を明確にしました。
年次の目標も具体的に掲げることにしました。
そして、これはすぐにできることではなく1~2年かかることなのですが、
医師も含めてどの職種が何をすれば人から感謝されるのか、
できるだけ具体的に業務内容として落とし込むことにします。
当院には僕にとって感謝してもしきれない職員が何人もいますが、
その人達の好意と努力だけに頼り続けるわけにはいかないのです。
当番の医師、看護師はもちろん、希望のある職員にはどの職種でも、
手当はお支払いするので看取りの場面が発生したら、
夜間でも休日でも往診に同行してもらうプログラムを作ります。
先日に職員から聞いたのですが、
15年以上もブログを書き続けている兵庫の在宅医療の先生が、
在宅医をモデルにした映画を公開されているそうです。
感動的な内容だということは分かったのですが、
その内容が自分にとっては日々目の前で淡々と起きているなので、
日常にしか見えませんでした。
わざわざお金と時間を費やして鑑賞する人がいるのですから、
職員自身が携わった患者さんの大切な瞬間に、
目の前の現実として立ち会えることは、
人生とは何かを考えるために貴重な機会になるはずです。
手術の方法ならば教科書で教えることができるだろうけれども、
どうすれば患者さんから感謝されるのかを理解することはとても難しい。
なぜならば同じ言葉でも人によってその受け取り方が違いますし、
難しいシチュエーションでも患者さんやご家族が何を求めているのか、
想像して投げかけてみてまた修正して行動する。
その作業はあまりにも知的・精神的な要求水準が高いですし、
また、正解が存在しないものだからです。
なので、4月からの勉強会は医学的な治療検査についてはノータッチです。
その時々でタイトルに挙がるケースを参考にさせて頂いて、
①自分たちがどういう姿勢で患者さんとまず向き合うべきか
②自分たちがどういう行動をすれば患者さんから感謝して頂けるか
③患者さんのどういうところに自分たちが感謝できるか
④最終的にどこに行きつかせて、家族にどう声をかけて、後悔を残さないようにするか
の方針を決めていく勉強会だけにします。
今更ながらですが29歳で開業して本当に良かったです。
診療や経営含めたくさん失敗して、試行錯誤して、あっという間に15年。
43歳で開業していたらそろそろ引退を考える年齢になりますが、
これからまだ15年も過去の経験を還元する時間が残っています。
幸いに今の自分は、在宅医療だけならばどんな背景や状況でも、
過去の経験から思い浮かべることができます。
こういう場合には何が起きそうか、何が問題になるのだろうか、
そういう時にはどうしたら周りが後悔しない帰結になるのか、
正解かどうかは別として、とりあえず想像することができます。
少なくとも、どうしたら感謝して頂けたのか、思い出すことができます。
怪我はたくさんしましたが、幸いまだ身体は動きます。
多分、残せるだけのものを作り上げるのにまた15年くらいかかって、
それからまた15年経った時にいつか、どこかの誰かが受け取る。
そうしながら30年、この超高齢化社会の大波を受け止め流し切る。
それが自分のライフワークになるんでないかなと考えています。
当院の理念:
少子高齢化社会に感謝の気持ちを溢れかえす。
「ありがとう」を伝え合う仕事を続ける。