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「母を助ける」

2月4日はカレンダーでは立春。冬至よりも春分の方が近い暦になりました。
まだまだ寒いですが年末と比べると少しずつですが日は長くなりつつあり、
テレビなどでも立春の便りが目立ちます。
その陰に隠れてあまり目立ちませんが、毎年この日は、「世界対がんの日」でもあります。
日本は政治的経済的に先進国ですが、世界に置いてきぼりにされている宿題も残っています。
少しずつ是正されつつあるといえども、まだまだ起きている課題の一つとして、
末期癌に患われている方の病状が急に変化した時に、
救急車で集中治療を受けることがあります。
もうひとつは、癌の予防について、HPVワクチンとその副作用に対する認識の論争があります。
10~30代の女性に多く発症する子宮頸がんは、
HPV(ヒトパピローマウイルス)というウイルスに感染することで発症すると考えられています。
そのHPVウイルスに対する予防接種が、HPVワクチンです。
HPVワクチンは数年前に、
頭痛が起きたり車いす生活になったり、
身体が勝手に振るえてしまうなど、
重篤な副作用があると話題となり、
現在も厚生労働省からの強い推奨(積極的勧奨)が見送られたままになっています。

昨年の世界対がんの日に、WHOの直轄機関から、
「HPVワクチンは他の予防接種と比べて安全性は変わらず、効果があり、子宮頸がんの根絶には決定的」
という声明が発表されています。
また一昨年には、HIVと同じように、HPVワクチンは薬害であるのかを実証する目的で、
名古屋市と名古屋大学が大規模な疫学調査を行い、結果を発表しています。
「相対危険度」という概念ですが、くだいてまとめると例えば、
サリドマイドという鎮静薬を服用した妊婦さんの赤ちゃんの足に特徴的な症状があった割合は、
同じ薬を服用していない妊婦さんと比べると、約100~400倍と言われています。
両親が日常的にタバコを吸っている夫婦の間に生まれた赤ちゃんが乳幼児突然死症候群の診断を受けた割合は、
両親がタバコを吸っていない夫婦の間に生まれた赤ちゃんと比べると、約4~5倍と言われています。
HPVワクチンの副作用だと話題になった24種類の症状について、
HPVワクチンを接種した女性その症状が現れた割合と、ワクチンを接種していない女性とを比べたら、
0.55~1.20倍でした。

HPVに感染している女性に子宮頸がんが発症する割合は、HPVに感染していない同年代の女性と比べて、
約100倍(フィリピンのある調査では500倍以上とも)と言われています。
HPVは太古の昔から存在するありふれたウイルスであり、
性交渉を行ったことがある(大部分でしょう)成人女性の90%以上(大部分です)が生涯に一度は感染すると言われています。
ほとんどのHPVウイルスは自然に消えてしまい何事も起きません。
子宮頸がんを発症する人は年間に約1万人、亡くなられる方は約2700人です。
好発年齢である20~39歳の女性の人口は、平均して一学年あたり65万人くらいです。
子宮頸がんワクチンを接種するべきかどうかについて意見を述べるつもりではありませんが、
ひとつだけ言えることは、
自分や自分の娘さんに子宮頸がんワクチンを接種するかどうかは、
これらの情報を自分自身で集めて、自分自身で判断し、
自分自身で決め、その結果についても自分自身で受け止めるしかないということです。

国も、自治体も、テレビやマスコミも、医療機関も、
予防接種を肯定する団体も、否定する団体も皆、
「こうした方が正しいよ、その結果について責任を持つよ」とは言ってくれません。
「インフォームドコンセント」の時代ですから、医師も、言ってくれません。
「これこれこういう根拠となる事実があります。Aの場合は何%で、Bの場合は何%です。
こういう副作用もないとは言えません。接種されるかどうかはご自身のご判断にお任せします。」
説明と同意を求められる時代です。
末期癌の方が集中治療室でいわゆる延命治療を受けることについても、
子宮頸がんワクチンの接種についても、
学会などでまとまって社会に働きかけることも大切ですが、
その問題に直面している人に対して、医療者だからこそ個別に働きかけられることがあります。

その方の不安へ個別に寄り添って、
客観的な正当性ではなく不安を和らげるために、医師の考えを伝えることです。
何が正しくて何が正しくないのか、社会としても決められないのですから、
選択と結果に対して後悔や疑念、不安を抱かせないことくらいしか、
けれどもそれは、意識していれば、確実に行うことができます。
そのためには医師と患者さんとの間に信頼関係がなければ、
「正しい情報を説明」し、「患者さんの同意を求める」ことしかできなくなってしまいます。
医師と患者さんだけではありません。
介護者と利用者、保育者と園児のご両親、なども同じです。
家族の事情やお母さんの不安を伺う前に、施設が対応できる限界を先に伝える行動は、
得てして、予想外の結果を生み出します。

結構、立派なハードウェアを備えた施設などでも看取りを行わないと決めているところは多く、
患者さんに急変があった場合に自動的に全て救急搬送を要請する施設があります。
医師が往診して、「病死及び自然死です、異常死ではありません」と診断できる場合であっても、
施設の取り決めとしてNGな場合がままあります。
結果として、深夜の救急搬送と延命処置、施設への警察の立ち入り、
高度救命センターでの異常死(医師法21条で義務付けられています)の診断、
家族の後悔と施設や医師への猜疑心、施設スタッフの後悔と無力感を生み出しています。
これは、子宮頸がんワクチンと同様に予防が可能です。
敢えて救急搬送の是非については問いませんが、その理由が分からないのです。

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